昭和50年06月01日 特別奉修委員
先日今学院に行っております竹内正教君から手紙が参りました。もう本当にそれこそ生き生きとした信心を、学院に入学いたしましたその翌日から朝の三時半から奥城参拝を致しそして、金光様の四時の御出ましを拝がませて貰う。明くる日には、大体学院からあのそんな早く起きたり、早く奥城にお参りしたりする事は出来ない事になっておるのです。けれどもあのうそのう、それを注意を受けておったそうですけれども。
やっぱそれを断行して兎に角まあ、行っておる一年間は必ず、奥城にお参りすると云った様な事を決めたのでしょう。だから一日でも欠けてはならないというのです。あのお参りをさせて頂いた。あくる日には池田さん達親子で付いて来ております。あくる日は又一人増えたと言って、今では丁度二十名近くの者が、毎朝あの僕の信心に付いて来て下さる。金光様のお迎えも僕達で、朝学院生では僕達だけが出ておるおかげを頂いておる。もうそれこそ生き生きとしたというか。
プチプチしたというか兎に角この学問をした人は、この霊徳とか神徳に触れ難いと昔から言われております。所謂学が身を食う。言うならば大学時代は、ああした学生運動にまで参加する程しの人ですから、もう頭は剃刀の様に切れる人ですから、それですから大体は御神徳などに、御霊徳なんかに触れて行き難い人ですけれども、私くしは本当にもう問題は一生懸命と言うけれどもね、その一生懸命の度合と云う物があると思うんですよ。所がこの頃毎日お知らせを頂くんです。
その日のもう兎に角朝のそうした心行。昼は沢山の百名近くの同士達と一緒の勉強ですから、また先生達との間の事もありますから、人間関係の上で非常にその事で修行させて頂くし、朝はそうした心行をさせて頂くし。もう兎に角親先生が言われる朝の清々しさ昼の忙しさ、夜の有難さと云う物を日々体験させて頂いておると云う事を言って来ております。ですからあの、本当に生き生きとした信心と云う事が、信心には求められるのですけれども、結局その生き生きするその度合をね。
何時も検討して行かなければなりません。もうあの例えばね、寝忘れたというなんて、そげな事は絶対ある筈はないです。生き生きとした信心をしておる時。もう間違いないです。だからもう寝忘れたという時にはもうすでに生き生きとした物を欠いておる、だから何時もそんなに、針海の様にと云う事は出来ないに致しましてもですね。あのうそうなんですけれども、昨日は私の手洗いにあのう、何時も嫁があのう必ず花を何日おきに替えてくれるんです。昨日はもうあの鶴首の花瓶にね。
バラを蕾のバラを一輪こう挿してるんです。何とも言えん。所がここを下がって参りましたら、頭やら首やらがちょっとこう曲がっておる訳ですね。水揚げしないで。ちょっと見た所がなんと水に遣っていないんですよ。はあこりゃ惜しい事をしたな葉はまだまだ生き生きとしておりますからね、しかし首がこげんなってしまってるんです。それから私はあのこう出してね、ほれからあのう水を一杯さして、それから根元をかんで、そしてしたら二三時間しましたらしゃんとやっぱなっておるですよ。
もうこりゃもう本当にそうです。どんなにね素晴らしいなら合楽に御徳の水が漲っておるというてもね、唯あのう漬けておるだけではいかん。浸かっておるだけじゃいかん。浸かっとらんなら尚更の事。それでそれこそなかつなら有難い物は惟で吸い上げる事が出来んならね。所謂かんで見るとか、叩いて見るというか、薬を塗ると言うかね、すこし焼いて見るとか、何か花は色々な水上げ方法があるでしょう。
その水上げ方法を考えなきゃだめです。唯参っております拝んでおりますじゃ駄目です。それがね今言うその生き生きとした信心それがね。生き生きとした喜びをこう吸い上げて、それこそ蕾がこうやって開いて来る様な、おかげを頂いたらもう信心は楽しゅうして有り難うして、それこそ熱かっても熱さを感じん。寒かっても寒さを感じん様な物が、生まれて来るんです。求められる物が結局生き生きとした心ですね。 どうぞ。